両親の戦争体験 昭和14年~昭和21年
父の軍歴
父の兵隊姿
第1回召集(昭和14年~昭和17年)
門司港→釜山→龍山→朝満国境→満支国境→山西省臨汾→山東省徳縣→満支国境→朝満国境→釜山→門司港
満州国

第二次世界大戦末期の昭和20(1945)年(康徳12年)、日ソ中立条約を一方的に破棄した赤軍(ソビエト連邦軍)による満洲侵攻と、日本の太平洋戦争敗戦により、8月18日に満洲国皇帝・溥儀が退位して満洲国は滅亡。
満洲地域はソ連の支配下となり、次いで中国国民党率いる中華民国に返還された。その後の国共内戦を経て、現在は中国共産党率いる中華人民共和国の領土となっている。
左~山西省臨汾地図 右~山東省徳縣地図

山西省臨汾市(りんふん-し)は、中華人民共和国山西省南部、汾河下流域にある地級市。古称は尭都。伝説上、堯の故郷とされる。
山東省徳縣~1950年12月6日 - 徳県の一部が分立し、徳州市が発足。(1市16県)
第2回召集(昭和18年~昭和21年)
門司港→昭和港→スマトラ「パレンバン」港→ベンクーレン州「パカララム」→昭和港→シンガポール港→田辺
スマトラ島地図

スマトラ
オランダ統治時代、当地で石油資源が発見され油田開発が行われた。パレンバン油田での1年間の産油量は当時の日本の年間石油消費量を上回るほどであったため、太平洋戦争における蘭印作戦では日本軍の最重要攻略目標となった。
開戦後の昭和17(1942)年2月14日、「空の神兵」と謳われた大日本帝国陸軍の空挺部隊である第1挺進団挺進第2連隊が、オランダ軍が守備するパレンバン油田・製油所と飛行場に対し奇襲落下傘降下、これらをほぼ無傷で占領する。(パレンバン空挺作戦)。パレンバン油田は連合軍による通商破壊で日本本土への石油輸送が困難になるまでの間、主要産油地として貴重な石油を供給し続けた。
母の小倉報告隊の写真
私は両親から詳しい戦争体験の話は聞いていません。
父は軍属の時は上司を乗せて車の運転と上司の文章を書くことをさせられたと言っていました。
父は戦後、大型自動車免許取得と機械修理・組み立ての仕事と書道が上手で私は全部、父から名前を書いてもらいました。私の失敗は書道の練習をしていませんので、筆で字が書けません。
最近になって父の軍履歴書を発見しました。それに依って作成しました。
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私の目標 今一番大事なことは絆 を育てること。