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千寿の楽しい歴史
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2014昭和30年代・40年代の柳川市・千寿の楽しい歴史
昭和30年代・40年代の柳川市   

柳川・筑後・八女・大川の今昔より


川下りの瀬高水門付近(昭和30年代)

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川下りは、昭和30年に始まり、同40年には冬の「こたつ船」が登場し、四季折々の風情を楽しめるようになった。江戸時代の柳川城の掘割をめぐる川下りは、魅力いっぱいである。三柱神社周辺から乗船すると鋤崎土居を通り、瀬高水門から内堀に入る。同30年代の面影がよく偲ばれる。

立花通り  柳河橋より東を望む(昭和40年頃)

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三柱神社を出て、市内に向かう大名行列のやっこのほこが遠くに見える。

当時、中町にあったハリウッド美容専門学校のミスコンテストに参加した外国人女性の姿がある。

写真右奥に白秋座、左側には現在208号線沿いに移転した伊東医院の看板が見える。

この通りと平行して市道の西鉄柳川線が出来るまで、この道が柳川市中心部へと続く唯一の道だった。

檀平橋(昭和40年代)

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城内と三橋の境に架けられた檀平橋。昔、両岸の住人の檀氏と平田氏が共同で橋を作ったものです。

背景の白壁の土蔵は、鶴味噌の倉です。昭和58年には、この橋も架け替えられました。

柳川座(昭和20年代)

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通称「立花通り」と呼ばれる三橋町藤吉に、戦前、「柳川座」という映画館が開館した。

その後、「大天地映画館」と改称されたが火災に遭い、昭和29(1954)年9月「白秋座」(松竹系)として再開した。その後、パチンコ店として新築開店するも、平成19年に閉店した。

柳川沖端の水揚げ(昭和30年代)

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有明海へと注ぐ沖端川の河口にある沖端の舟溜り。時あたかも干潮で、漁船は干潟の上に船底を横たえている。当時はアサリ、アカガイ、タイラギ、クッゾコなど魚介類が豊富に獲れた。婦人たちが手にする黒いものは海苔です。柳の枝を編み込んだ乳母車も懐かしい。

矢部川河口の大和町中島の風景・昭和30年代

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有明海で漁を終えた漁船が、矢部川河口域の中島に帰ってきた。舟着場の突堤では、川の水で洗い物をしている、のどかな昼下がりの情景である。

右上には白灰焼き工場の煙突から煙が立ち登っている。有明海で獲れる牡蠣殻やアサリ貝・赤貝の貝殻を原料に作られる白灰は、地元で生産される瓦とともに木造船で島原や長崎・五島などの建材店へ運ばれた。昭和30年前後が全盛期だった。

筑後柳河駅舎(昭和26年)

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国鉄佐賀線は、まず昭和6年に鹿児島本線矢部川駅(現在瀬高駅)と筑後柳河駅間が開通し、駅舎は三橋町柳河に建てられた。

昭和10年に長崎本線佐賀駅まで延長され、両本線を結ぶ連絡線となり、通勤客、通学客も多かった。しかし、西鉄大牟田線の開通や自動車利用の増加によって乗客も減少し、昭和62年に廃止となり、駅舎もその他の関連施設も撤去された。

柳川沖端の水天宮祭(昭和30年代後半)

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ここ沖端水天宮では、毎年5月3日~5日に大祭が催される。宮横の掘割には「三神丸」と呼ばれる舟舞台がも造られ、囃子や芝居が奉納される。小中学生たちが奏でる笛や太鼓の調べは「オランダ囃子」と称され、そのメロディーやリズムが異国情緒を醸し出す。

三柱神社へ向かう新村の風流(昭和31年)

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三柱神社秋季大祭(通称おにぎえ)に奉納するため新村を出発する。

大名行列を模したもので、総勢45名位。

行列の先頭は、底とれ(男女各1名)、続いて草履取り、はさみ箱等々。

鉦や太鼓に合わせて、やっこ踊りに毛やりの投げ渡し、独特の節回しの唄が付く。

この行列は市内でも新村のみに伝わるものである。

村総出のこの伝統行事も、昭和35年頃を最後に途絶えた。

懐かしい写真でしょう。






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by kusennjyu | 2014-02-05 20:26 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策
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