芭蕉塚・別名 (甍塚)と石田茂山(石田昌の先祖)
芭蕉塚・別名 (甍塚) 観音の甍見やりつ花の雲
清水寺仁王門上手(高浜年尾句碑の後方、谷の向こう)
芭蕉は、九州への旅を望みながら、志を果たすことなく、元禄7(1694)年、大阪において51歳で病死しています。この碑は、江戸時代末期、柳川藩の俳諧師、
石田茂山(現在の大和町鷹尾の人)とその門人たちによって、建てられたものと伝えられています。
その他 碑面は風化が進み、何と刻まれているかは、確認できない。
石田茂山 石田昌(郷土史家・歌人・など)の祖父。
宝暦元(1751)年正月2日に山門郡鷹尾村に生まれる。文政12(1829)年6月13日に亡くなる。享年79歳。
石田茂山の本名は昌秋で幼名は松之助、後に茂作と改める。松風軒茂山はその号です。
父は多七郎、母は河野半左衛門の娘です。
地方の風俗はここに面目を改め、みんなから尊敬される。東西の門人数百人におよび、なかんずく赤星鴻庵、田辺雪樵世に知られ、、文政の初年(1818年)に藩公にその名を聞き被布1着を賜う。
京都の清水の奥に芭蕉翁を祀り、後にふるさとの清水に同翁を祀った。これを今も
芭蕉塚と称している。
世渡りや花につれなき斧の音
傘に雲たゝむ山路や五月雨
打やりて置と菊咲九月かな
水に居て水鳥雨をふるひけり
次は石田昌(さかえ)の歌を紹介します。
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