2015「やながわの画人」展・柳川古文書館開館30周年記念特別展

「やながわの画人」展
柳川古文書館開館30周年記念特別展
会期 平成27年6月3日(水)~8月2日(日)
1.梅澤晴峩(生年不詳~1864)近世の画家
絵を江戸木挽町狩野家の晴川院養信のもとで学び、天保2(1831)年から同6年までは晴川院の門弟として江戸城の松の廊下の修復や、模写本の借り受けの使者などの仕事をしていました。柳川藩の御用絵師になったのは天保6年ごろではないかと考えられている。
天保10年に行われた戸次道雪の事績調査に画工として加わり筑前に同行しており、また文久元年の侍帳には定府とはされていないので、すでにこの時には柳川に住んでいたと考えられます。侍帳によると身分は「諸士格」とされています。
立花家史料館に伝来したものの中には、藩領内の名所である黒崎(現在の大牟田市)や本郷(現在のみやま市)を描いた作品があります。作品自体は伝わっていませんが史料によると、幕末の海防に藩が関わった警備の情景を描いた記録的作品もあったようで、穏やかな洗練された画風となっています。
梅澤晴峩筆「日光三瀧図」展示
日光三名瀑と呼ばれる華厳の滝、裏見の滝、霧降の滝を描いた作品です。江戸時代後期の作品と考えられます。滝壺付近が詳細に描かれています。
2.北島勝永(1795~1867)
勝永は寛政7(1795)年9月に上宮永村(現在の柳川市上宮永)に生まれました。北島家は御木屋帳附や郡方帳付など代々郡方の下役をつとめています。
享和2(1802)年、8歳で久留米藩御用絵師・三谷錫映信に学び、「行末は雲を凌がん竹の子の其の生ひ先を祈りこそすれ」と評されています。
次いで文化7(1810)年、博多の眠蝶齊耕景に学びました。眠蝶齊は狩野派の絵師と思われます。その後、同9年、18歳で大阪の森周峯に入門しました。
周峯も狩野派を修めた絵師ですが、弟の狙仙は狩野派に止まらず、丸山応挙を意識させる写生を追及した画風をなし森派の祖とされます。こうした当時、上方で流行していた画風に影響を受けました。
さらに勝永は文化13(1816)年、肥後藩の御用絵師・矢野右膳良勝を訪れます。文政4(1821)年に良勝が没したため、勝永は翌年か翌々年に柳川に戻ったとされますが、そのあたりはよくわかっていません。ただ、文政末年頃から、さらに修行のため東遊を計画し、3月には柳川を出発しています。これは天保期まで続き、同3年10月頃は長崎に、その後、熊本に滞在、訪問先で絵の受注生産も行っていたようです。
実際に御用絵師になった時期は不明ですが、出仕した後は茶道方のもとで画事に携わりました。その画風は矢野派の影響を色濃く残しつつも独自に整理したものとなっており、特に「虎の勝永」として有名です。
北島勝永筆「大虎図」展示
勝永は「虎の勝永」と称され、その作品の中でも虎の絵が一番知られています。中には龍と組み合わせて描いたものや、屏風に数匹の虎を配した作品もありますが、これは単独で虎を描いた作品です。風に吹かれているかのような毛並みと、先が細くなった箱型の頭部が特徴的です。
3. 仙蝶齊素峯(生没年不詳)
仙蝶齊素峯については、生没年や修行のことなど、ほとんどわかっていません。わずかに『旧柳川藩志』に「出来町良蔵院の住職、眠蝶齊耕景の門人、柳河の画事を勤む」と書かれているぐらいで、そのほかには作品が数例伝わっているに過ぎません。
師とされる眠蝶齊耕景についても、博多の画工であることぐらいしか判っていませんが、素峯はここで狩野派の画法を学びました。ちなみに出来町良蔵院とは島原の乱後、出来町に移り、明治になって廃寺となりました。
現在確認されている作品は、(公財)立花家史料館のほか、旧藩士家、福厳寺などに12点が伝わっています。また出来町の天満宮の天井絵や六歌仙絵馬も素峯の作品です。こうした作品の制作年代から、活躍したのは江戸時代後期と考えられます。また、立花家史料館に作品が伝わっていることから、藩の御用絵師だった可能性も指摘されています。
仙蝶齊素峯筆「三国志図」展示
収集された作品であるため、詳細な来歴はわかっていません。おなじみの三国志の主人公である劉備、関羽、張飛の三人が描かれています。
箱書きも巻留めの墨書もありませんが、「仙蝶齊素峯」という墨書と、「素峯」の印章が確認できます。今までに確認された作品にはこの印章はみられず、伝わった作品自体が少ないため貴重な作品といえます。
仙蝶齊素峯筆「二見浦旭日図」展示
旧柳川藩士家に伝わった作品です。同家には所蔵している書画の台帳である「書画控帳」があり、そこにこの絵があげられています。
すなわち、「藩公文武奨励トシテ親臨ノ時七歳未満ノ者ハ画幅を与ルノ例アリ鑑寛公ヨリ惟義弓術ニテ拝領ノ品」と書かれています。
これによると12代藩主鑑寛から由布惟義に褒美として与えられた品であることがわかります。表題は巻留に書かれた墨書から取っています。由布惟義は嘉永2(1849)年生まれ、7歳未満とすると少なくとも安政3(1856)年より以前のことと考えられます。
柳川古文書館史料より。
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