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千寿の楽しい歴史
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2015三池街道(三池町と三池新町)大牟田市・千寿の楽しい歴史
三池街道(三池町と三池新町) 大牟田市

三池町 旧柳川藩領

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地図の一番下付近が藩境です。標識の南側に東西に道路があり水路が畉田されていますが、この水利で藩境になっちました。

弥剣(やつるぎ)神社

弥剣神社鳥居と宮地嶽神社鳥居が並んで建つ。 弥剣神社右側の倉庫に大蛇山山車が収納されている。
三池の弥剣神社(祇園さん)の祭りは、例年1月15日に行なわれます。

臼かぶり行事は明治元(1868)年、三池の上町、寺町(明正寺付近)に80戸が焼失する大火があり、火災よけ行事として始まった民間行事です。
青壮年の臼かぶりは、70Kgもある大臼に挑戦。ほら貝を合図に臼を持ち上げて水を頭からかぶり、空になった臼を後方に放り投げます。

明正寺(みょうしょうじ)

この寺の境内に、昭和42年、市の文化財に指定された「明正寺六地蔵幢」があります。
いつ頃のものか「仏師周養」の作者銘からみてもだれの作かよくわかりません。

願敬寺(がんきょうじ)

この寺は万治3(1660)年、吉弘宗念(よしひろ・そうねん)が建てました。
宗念は豊前の武士で、立花家の紋を許されていました。

安照寺(あんしょうじ)

三池藩主(種周)が文化3(1806)年、奥州下手渡(しもてど)へ国替えになり、再び三池新町に帰って来たのは嘉永4(1851)年の正月で、その時この安照寺が宿泊所となり、陣屋復興の総本部でした。山門は石炭長者・藤本伝吾邸の門です。

藩境付近

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三池陣屋跡  旧藩主住居の玄関遺構(東向き)のみが現存する。

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今の三池小学校運動場の西端に、石段だけが残っています。そこが三池陣屋の大手門跡です。
嘉永4(1851)年、下手渡の一万石のうち三〇七八石を返上し、代わりに三池郡五カ村(新町・今山・稲荷・下里・一部)五〇七一石を再び領することになりました。

三池新町(現在の大字新町)~陣屋の西側一帯。
三池本町(現在の大字三池)~昔からの宿場町。

明治22年以前の三池郡内は、三町(新町・三池町・江の浦町)五十一箇村です。

立花兄弟生家跡

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三池藩主最後の家老、立花碩(藩主の分家)は7人の子福者であり、長男小一郎、三男銑三郎は特に秀でていた。

兄は藩校修道館、弟は御木小学に学び、長じて小一郎は陸軍大将のち貴族院(現参議院)議員となり、銑三郎は学習院教授に就任したが、欧州留学の帰途、船上で亡くなった。チャールズ・ダークウィン著「種の起源」の我が国最初の訳出者でもある。
                   
昔の水路遺構とめがね橋

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三池陣屋跡(現三池小学校運動場)より南へ100mほど行ったところを流れている堂面川に架かかっている橋を「陣屋めがね橋」といいます。

三池藩で「早鐘めがね橋が架けられたのが、延宝2(1674)年です。
元和7(1621)年説には少し無理がありますが、木造の橋だったらうなずけます。
立花種周(たねちか)が、三池郡五カ村を再び領するようになった頃の嘉永5(1852)年とも云われています。

この橋の石材、石工はすべて檪野(いちの)です。

新町 旧三池藩領

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新町は文禄4(1595)年、高橋直次(初代三池藩主)に与えた領地の朱印状の村名には、町、大間、ひらの、高泉、今山とあります。
元和7(1622)年、二代藩主種次が、常陸国柿岡(現茨城県八郷町)から一万石で三池十七カ村に復帰した時には「新町」はあります。
そして「新町に陣屋をつくる」とありますので、三池町より分かれて、陣屋一帯を新町と呼ぶようになったと思います。

寿光寺(じゅこうじ)

ここは大字歴木(くぬぎ)東内畑で、この寺の山門は、もとの陣屋の正門で、明治9年にここへ移しました。
この寺は河内国(現大阪府)の高木九郎という人が僧となって建立したということです。

三池新町弥剣神社

旧三池藩に属し、田町の祇園さんとして親しまれている。
当社の大蛇山を飾る山車(御前山)の龍の彫刻は特に有名。
延宝年間、早鐘眼鏡橋の完成に伴い住民の協力に対し藩主立花種恭公が下賜されたものである。
毎年7月第4土・日には大牟田夏まつりが盛大に催され当社の大蛇も街を練り歩く。

古地図の新町と三池町

発生と藩領のことなる新町と三池町

三池の町は、大きく新町と三池町に分かれています。江戸時代には新町が三池藩領で、三池町は柳川藩領でした。

三池の真ん中で藩がことなり、違う殿様が支配していたのです。また、新町は元和7(1621)年に三池立花藩成立の時に陣屋とともに町立ちされたもので、三池町はすでにそれ以前の中世に成立していました。

新町は、標高18mほどの地点に直線的な道に直角に家並みが整然と並ぶのに対して、三池町は標高16から18mの起伏があり、曲線を描く道に町並が雑然と並んでいます。また、三池町の東西には堀がめぐらされ防ぎょが施されている点も興味深い点です。

江戸時代に作られた新町が計画的であるのに対して、中世の三池町はあまり計画性がありません。

三池の町は、発生の時代と藩領のことなる新町と三池町の二つからなり、そしてそれぞれにユニークな町並が作られているのです。

三池の町を古地図でさるくばい。

それでは北から南へさるくばい。古地図の番号と説明は同じです。

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⑪三池の町の北の出入口です。柳川藩の高札場があり、土塁がありました。

⑩三池町の祇園神社です。三池の町に大蛇山が二つあるのは、三池藩であった新町と柳川藩の三池町があり、それぞれに祇園神社があったからです。

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⑨三池初市の発祥と考えられる妙見宮です。

➇大間城に行く道です。この付近が、三池新町ができる前までの三池の中心であったと考えられる。

⑦柳川藩の本陣です。江戸時代の末期に日本地図を作った伊能忠敬は、この柳川藩の本陣に泊まりました。

⑥ここの小さな川が三池藩と柳川藩の境界でした。町の真ん中に藩境があるといい全国的に見ても特異な町です。この付近には、古い商家の家並みが続いています。

⑤三池藩の本陣跡です。本陣は、江戸時代に幕府の役人や大名が泊まる施設でした。この周りには、馬や荷物を管理する施設もあったと考えられます。

④大牟田へと向う交差点です。三池小学校へ行く道は、なかったことが分かります。ここには、三池藩の高札場がりました。高札場とは、町の規則や犯罪者の似顔絵などを貼り出した現在の掲示板です。

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③堂面川に架かる田町橋の前で、もう一度曲がっています。ここも兵隊が隠れる場所でした。また、戦いの時には堂面川の田町橋を壊して渡ることが出来ないようにしました。陣屋町には、このような防御を考えた町作りが見られました。田町橋の南づめの東側の家には、壁の漆喰に「砥石屋」の名前を見ることができます。

➁今は、熊本県荒尾市へと抜ける道路は、真っすぐに進んでいますが、昔は大きく曲がっていました。いざ戦いが起こった時に、町の中の様子が分からないように、わざと道を曲げていたのです。道が曲がったところに兵隊が隠れ、敵を攻撃しました。

①三池新町の祇園さんの付近です。三池の夏まつりの大蛇山をまつる神社です。江戸時代には、この前の道が筑後国と肥後国を結ぶ「三池往還」でした。また、明治になってからは「三池街道」とも呼ぶようになりました。

                            
ありがとうございました。






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梅野家歴史資料館(有明新報・平成27年1月16日号掲載)

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青輝園の御座敷ユリ展・平成27年7月5日撮影分

青輝園のユリをTNCが取材する・千寿の楽しい歴史
by kusennjyu | 2015-10-25 06:17 | 三池街道
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