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「九州炭鉱業家」と向野堅一の動向・千寿の楽しい歴史
「九州炭鉱業家」と向野堅一の動向

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奉天商業会議所旧友会記念撮影 大正2年12月21日

前列中央が向野堅一、後列右端が廣瀬市郎。

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直方郷土研究会・会報39号掲載  

向野康江文を参考にした。 (一部分を使用・現代文に直して掲載しました。)

1・天津の商品陳列館設立計画

明治29年1月、台湾総督府通訳となり混成第七旅団に属し、不正を働く賊の討伐に従軍する。

同年10月、友人河北純三郎と共に北京に入り筑紫弁館を設け、公使館の用達商となり
和洋雑貨の販売店を営業する。

天津に日本商品陳列館を設明しようとし、治32年に帰国して官・民における「九州炭鉱業家」の貝島太助と安川敬一郎たちを説得し説得して廻る。

「九州炭鉱業家」の賛助や出資の承諾を得て、外務省の許可を受け政府寄りの保護金が確定した時、明治33年の義和団の変乱に際し経営に係る筑紫弁館が不正を働く賊のために焼失したうえに留守主任の中村秀次郎は義勇兵に加わり戦死、多くの債務を負い廃業する。
第五師団監督部の用達商となり、天津に入り有馬組北部の主任となる。

2・郡島(郡嶋)忠次郎の苦心談

明治3年10月19日、福岡県粕屋郡篠栗町の郡島甚次郎の次男として生まれた。

粕屋中学校を卒業後、明治19年に福岡の養鋭学校に入学した。このとき、鐘崎三郎や石橋禹三郎らと知り合う。

明治20年に金子堅太郎、明石元次郎らを輩出した正木昌陽塾に入塾して漢籍を修めた。その後、簿記学校で簿記を学び、長崎で簿記,漢学の教師をする。

明治22年、長崎市商業会議所で荒尾精の日清貿易研究所生徒募集の講演があった。長崎に来ていた鐘崎三郎とともに上海に渡った。

明治23年9月に学校に相当する日清貿易研究所が開設され、郡島は白岩龍平と同じ三組(三班)に入った。このとき向野堅一と郡島忠次郎は出会いう。

卒業後、二人とも上海の商品陳列館に入所した。この商品陳列所は深刻な経営不振となった。打開策を見つけようと東京で角田隆郎と奔走していたときに日清戦争が勃発した。

この戦役では第二軍司令部付、第二野戦隊付通訳官となった。日清戦争終了後は台湾に通訳官として赴いた。ここまでは向野堅一と行動が同じである。

3・筑紫弁館(筑紫洋行)の設立

明治29年12月、北京に向野堅一・河北純三郎・香月梅外の筑紫弁館の貿易会社が設立された。北方の首都を基盤にして大陸貿易の実権の握ろうと野心をもっていた。

実は、向野堅一記念館に筑紫洋行に関する「総則」が残っている。そこには河北純三郎・向野堅一・戸田義勇の3名の名前となっている。

戸田は筑後久留米の藩士・戸田乾吉の三男として、明治2年1月3日に久留米市で生まれた。
東京商船学校を退学して、明治24年秋に1年遅れで日清貿易研究所に入り、26年7月に卒業した。向野堅一らと日清戦争に通訳官として招集され、31年には台湾総督府法院の通訳官になっている。

向野堅一の自筆の履歴書によれば、
明治29年10月に北京日本公使館用達店として筑紫洋行を開設のため渡清し、明治33年に義勇団事件のため筑紫洋行を焼かれたので商店を中止した、とある。
「総則」は堅一の草案で、堅一は最初から筑紫洋行くと命名し、実直な戸田義勇を仲間に入れようとしたのではなかろうか。しかし、香月梅外が明治39年に向野堅一宛てに認めた書簡では筑紫弁館と記されている。いずれにせよ、明治31年には筑紫洋行と呼ばれていたことに相違ない。


ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2015-12-22 13:29 | 歴史学習会
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