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千寿の楽しい歴史
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2016風浪宮大祭(大川歴史講座より)・千寿の楽しい歴史
大川歴史講座  大川市風浪宮内

平成28年1月23日(土)午後2時~4時

講師 風浪宮宮司  阿曇史久氏

風浪宮大祭は現在2月9日の本祭典より2月11日のお潮井取り、お潮井参り(市内巡幸)、御神幸、流鏑馬等が行なわれ、2月8日の夜には、裸ん行(はだかんんぎょう)と称し約五百名を超える若者等がしめ込み姿に松明をもち当宮まで駆けて来る風習が残っている。

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筑後三大祭として知られ、昭和40年頃までは木下サーカスの興業があり、現在の小郡市からも筑後川沿いに歩いて参拝、大牟田方面や佐賀から船で当宮下宮辺りまで来られる等大変な賑わいであった。特に八女地方の干柿市が開かれ年配の方々は風浪宮名物として又、嘉瀬除けとして土産とされていた。

寛文9(1669)年には現在の様な形で、祭行事が行われていた様で、当時の久留米有馬藩主の前で久留米藩指定の能楽「風浪」よりお謡三番と流鏑馬三番が奉納されていた。

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この大祭でのお潮井取りについては現在は2月11日朝9時に当宮前より総代と御神馬、流鏑馬2頭が並んで出発し、榎津庄分の花宗川沿い建つ日吉神社でお潮井を桶にとり当宮に帰参後に御本殿へ御供えし、次に、お潮井参りの為に3基の神輿をみこし方が担ぎ上げ各々に宮司が御神霊をお移しする神事が行なわれ、その際に宮乙名と男稚児、八乙女(やおとめ)が、それぞれに奉仕する場面が見られる。

風浪宮宮乙名(みやおとな)とは本来、初代神主、阿曇磯良丸(あづみ・いそらまる)が神功(じんぐう)皇后と船団をくみ、この有明海に入り、現在の御神木白鷺楠お地に風浪宮が創建されるという御由緒の中で、磯良丸につき従って、この地に残った船長であり現在に至るまで大祭や沖参り海神祭に奉仕する祭祀集団である。

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この様な制度は福岡市志賀島の志賀海神社の八乙女制度にも見られ、あちらは女性が、大川の場合は男性がそれぞれに世襲で神社に奉仕している。

三潴郡誌によると地役座5人は現今宮乙名と称し、石橋丸、與加丸、徳丸、六浪丸、古賀丸を代々受け継いでおり風浪宮「宮乙名由来記」によると仲哀天皇九年十月神功皇后三韓征伐の砌(みぎ)り奉仕した艦師の子孫であり、全国より集められた三千余艘の総師であった阿曇磯良丸の下で、その同族か、又は輩下として奉仕したと伝えられており、5艘の中六浪丸と与加丸が2軒づつある為つごう7軒が宮乙名とされている。大祭期間中の四ッ足、油
物については食を断ち、又、宮乙名での「くちあけ」や「座祭り」等の神事が継承されている。

正平10(1355)年の銘記があり俗に正平塔と呼ばれている旧国宝、現国重要文化財の石造五重塔があり、これによると当時は神仏習合の考えで英彦山大権現や阿蘇大権現と同じ様に「大権現」称で呼ばれていた時代であった。

風浪宮氏子区である榎津については風浪宮も含め藤本頼人氏が調べておられ「筑後三潴史料」によると、ここ三潴庄は四条家が領家となっており院政期に鳥羽院や平氏政権と密接な関係を持っていた様である。対岸の吉野ヶ里も近い神崎の庄鎮座櫛田神社も、かなり平清盛とのつながりがあった模様で、清盛が朝廷を凌ぐ力をつけた要因として、この庄での貿易等を含めた利益が背景にあった様である。延宝3(1675)年、地誌「北筑雑藁」の中にも
榎津地の記載があり、現在と違い筑後川河口にある良港として当時も又それ以前より知られていた様である。大川市向島は近世では「榎津嶋」と称され「榎津江湖」として現在の花宗川下流部も含め水上交通の中での役割を果たしている。

正平塔より建立時以前の建仁元(1201)年の高良社造営所課荘々田数注文案に「酒見社」は風浪宮と考えられており鎌倉時代の文献にも記載があり当時の数少ない文献の中でも貴重と考えられる。又、榎津における風浪宮は神社と氏子区の関係であると共に古来からの祭祀奉仕組宮乙名制度や祭礼時の関わりでも同じ文化圏であった。

ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2016-01-30 11:51 | 九州のまつり
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