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千寿の楽しい歴史
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2016山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説その六・千寿の楽しい歴史
山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説

肥前一宮 與止日女神社

巻六 姫君、日本国で御子(みこ)を出産

弟は、龍王に逐一の次第を報告した。これを聞いた龍王は、たいそう喜んだ。
「わたしの眼に狂いはなかったわ。三国一の花婿どのだ。」
とますます、だいじにするのであった。

やがて、姫君の臨月が近づいた。
「偉いお方の御子のご出産である。竜王宮ではいけない。弟の日本国で、出産するように」
と龍王の声がかかった。さっそくながら、橋を架け渡して、その浜に産所を急造した。

屋根の上には、鵜(う)の羽を葺くことにした。が、にわかに陣痛が起こり、ほどなく玉のような御子がうまれた。屋根が葺き終わらぬ、にわかなことであった。

そこで、御子の名も、鵜萱草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)と命名した。

弟は、姫君が出産と聞いて、心配でたまらず、そっと産所の中をのぞいた。これより以降、子を産む場所を産屋(うぶや)と名付けることにした、という。

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場面 八十五

龍王は
「姫君の出産を、弟の国でするのがよい」と真剣に考えた。姫君も、また弟も龍王の意見に従った。一決ののち、たちまち姫君を日本国に送り届けることになった。

場面 八十六~八十七

竜王宮の一部。楼閣に上がった龍王は、廷臣たちともども、姫君の一行を見送った。龍形の冠をかぶり、烏頭(うず)の太刀を携えているのが龍王。

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場面 八十七~九十

荒れ狂う大海原、長大な画面に、姫君一行の渡海のありさまが描かれている。

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場面 九十一~九十三

鷁首(げきす・水鳥)の船には、日本国への贈り物なのか、美しく飾った絵櫃(えびつ)が、いくつも据えられている。

犀や馬には、女官や武官が乗っている。亀や人間の居飼(いかい・牛馬の世話をする人)が、それぞれ手綱を執って、波と戦いながら、突き進む。

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場面 九十四~九十六

屋形を設けた船の中には、姫君側近の女官たちが乗っている。

犀や馬に乗る異形の者たちが、船に随従する。犀に騎乗する龍形は、玉網(たも)を肩に、腰には獲物の魚をつないでいる。

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場面 九十七~九十九

この龍頭船(りゅうずせん)は、龍王の姫君の乗物。中央の屋形は、白壁、丹塗(にぬ)りの柱、瑠璃(るり)の瓦というように、本格的な建物である。

幕の間から、姫君のほの白い高貴な顔がのぞく。舳には、鳳凰形の冠をかぶる高官が、団扇をかざして、船の進路を指図している。

屋形のすぐ後ろは、蓋を童にさしかけさせる高官。艫の上では、舵取りが、右に左に舵を操る。

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場面 百~百二

荒れ狂う海の果てに、ようやく陸地が見えてきた。

龍王の下命により、日本国に架け渡した橋は、すでに新造されている。一行は足元泥に、新しい橋を渡って行く。人々は、つぎつぎに浜辺に参着した。

犀に乗る高官は、金の龍形の冠をかぶり、笏を腰の石帯にはさみ、右手に手網、左手に蓋をさしている。荷物を運ぶ異形の者が、全身ぬれねずみで、浜の上に荷物を担ぎ上げている。

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場面 百三~百五

浜の上には、すでに先着の供人たちが、乗物の麒麟から降りて、手網を弛(ゆる)めている。

土を盛り上げた築垣(ちくがき)をめぐらし、板葺きの四足門がみえる。新造の産所の門である。門内には、いましがた麒麟から降りた高官の一人が、従者に装束の裾を持たせながら、中庭に進んで行く。赤地錦の太刀袋を下郎の一人が、大事そうに抱えて供奉している。

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場面  百六

小河を隔てて、高官の入来と知った産所役人が出迎えて、うやうやしく一礼をしている。

場面 百七~百八

産所の中は、まさに火事場騒ぎ。身分にとらわえず、貴卑(きひ)入り乱れて、慌ただしく行き交う。

産所の中央に設けられた産屋の前に、陰陽氏(おんみょうし・占い・祈祷師)が八足の机を立てて、小さな幣(ぬき・ご幣)を立て連ね、吉凶を占っている。

古書をひもときながら、案じる者。幣をかれこれ、組み直しながら占う者。幣で祓いをする者。この場の緊迫感が現れている。手前、冠をつけた男は、団扇を地面に投げ出して、鼻をかんでいる。机の前に座るのは、巫女(みこ)であろうか。

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場面 百九~百十一

葦で葺くことにした産所の屋根は、結局未完のままに終わった。というのは、突然の陣痛に、姫君の出産が始まったのだ。

板葺きの間に敷物を敷き、産褥(さんじょく・布団)とした。中央の柱に、姫君がしがみつく。腰を抱きかかえる女。一心に祈りをささげ、安産を念じる老婆。魔除けのために、土器を足で踏みしだく女。ただならぬ緊張の一刻である。すでに、檜桶(ひおけ)には、湯が用意されている。

産室の厨(くりや・台所)のあたり。板敷の上に、火炉を据えて、釜をかけている。薪が勢いよく火をはぜる。煙を避けながら、懸命に火を熾(おこ)している二人の女官。
「姫君のご出産はまだでございますか」と、これまた、男子禁制の地にもかかわらず、勝手口のあたりに、魚をかついだ若者がまぎれ込んできた。

ところで、腹を切って出産と聞いた弟は、姫君の身の上を案じた。禁制を冒して、屋根裏から、ひそかに産室のなかをうかがうのであった。

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場面 百十二~百十四

産所の裏山一帯。松をはじめ、さまざまな樹が生い茂る。滝が、速い水音を滝壺の中に落としている。あたりの静寂を、この水が破っている。

弟、帝の位につき、兄は節会(せちえ)に贅(ぜい)を献上

弟は、ほどなく帝の位につくことになった。一方、兄は、大和国吉野郡に荘園を営んで、ひっそりと暮らしていた。が、ある日の約束だけは固く守った。

四季の節会ごとに、贅だけは、欠かすことがなかった。

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場面 百十五~百十七

兄の住まいの周辺風景。

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場面 百十八~百二十

その後の兄の住居。すでに齢(よわい)を重ね、顔にも皺が刻まれ、鬚もすっかり白くなった。簡素な詫び住まいながら、荘園の上がり(収入)にも事欠くことはない。
息子はそれぞれに成長して、世帯を持った。ときおり、孫をよこしてくる。
今日もまた、孫が来た。膝の上で遊んでいたが、ふと祖父の鬚が物珍しく、紅葉のような手で、もてあそぶのであった。

藁葺き屋根の上には瓢(ひさご・ひょうたん)が実り、庭の簀子の上には、庄から運上してきた瓜が盛られている。竹を張った簀子の間には、二人の男が座っている。手紙の取り次ぎをしているのであろうか。上下の両端をひねって、結び封としているのが注目を引く。
「そなた、この手紙を届けてきなさい。けっして、道草などを食ってはなりませんよ。たいせつに懐にしまい、一目散に飛んで行きなさい。」

節会ごとに、献上の贅を送る約束をした兄は、今日は瓜が取れたというので、童に馬を引かせて、瓜を運ぶことにした。白・黄・緑、とりどりの大きな瓜が、竹の籠に詰められている。
小さな旗印は、往来の人々に対する献上品の目印になるのであろうか。

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場面 百二十一~百二十三

堤の土手の向こうを、見え隠れしながら、贅が運上されていく。これまた、同じ瓜のようだ。
馬にもまた馬使いの男も、ともに笠・蓑をつけている。にわかに、空の一角がかき曇ったと思うのもつかのま、大粒の夕立が降り始めた。

                   
おしまい。ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2016-11-20 10:37 | 歴史学習会 |Topに戻る