2016「邪馬台国フェスタin朝倉」~景行天皇伝承編・千寿の楽しい歴史
「邪馬台国フェスタin朝倉」~景行天皇伝承編
全国邪馬台国連絡協議会 第4回九州地区大会
平成28年12月4日(日)午後1時30分から。
ピーポート甘木(中ホール)
講師 井上修一氏・河村哲夫氏・安本美典氏
出席者 全国から約350人の聴講者があった。
景行天皇伝承
河村哲夫氏の資料より
景行天皇の活躍年代は安本美典先生の「統計的年齢論」より、おおよそ370~385年。4世紀後半の人物。
景行天皇の経路

山門郡→八女→八女郡の上陽町・星野村→耳納山→浮羽郡
若宮神社 うきは市吉井町若宮
若宮神社が景行天皇の遺跡地と伝えられている。
『筑後国風土記』逸文
「むかし景行天皇が国めぐりを終わって都にお帰りになると、食事係の役人が、この村に御盃を忘れた。天皇は『惜しいことをしたよ、私の酒盞(うき)はや』とおっしゃられた。
(俗語で酒盞のことを宇枳(うき)という)それで酒盞波夜(うきはや)の郡という。のちの人は誤って生葉の郡と名づけた」
的戸田宿禰(いくはのとだのすくね)
仁徳天皇12年、高句麗から贈られた鉄の盾と的を、ただひとり弓で射とおしたので仁徳天皇から、この名をあたえられた。仁徳17年、新羅に朝貢をうながす使節として派遣された。盾人宿禰=的戸田宿禰

鳥船塚古墳 うきは市吉井町富永
円墳(推定)、墳丘は消失していた。サイズは不明。
築造年代は6世紀後半。埋葬施設は横穴式石室。単室構造(玄室と羨道部からなる。)
奥壁の腰石2段が残るだけで石室は破壊されている。
朱採を以て舳と艫として各々一羽の鳥が静止し、舟中に人物が立つ図様が画かれ、他に同心円文、盾、靭の図も存する。

盾(楯)は的氏のシンボル。
終ります。
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