人気ブログランキング | 話題のタグを見る
千寿の楽しい歴史
kusennjyu.exblog.jp
ブログトップ
2016菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻三後半・千寿の楽しい歴史
菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻三後半

肥前一宮 與止日女神社

醍醐天皇、落飾(らくしょく・出家)後ほどなく崩御(ほうぎょ)

清涼殿落雷後は、醍醐天皇はとかく不豫(ふしょう)続きであった。やがて、意を決して延長8(930)年9月22日、第11皇子寛明らの親王に位を譲られた。この方が朱雀(すじゃく)天皇である。同じく、29日には、出家、その日に息を引き取られた。御歳46であった。

2016菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻三後半・千寿の楽しい歴史_a0137997_10472984.jpg



場面  五十八~五十九

26日の落雷騒ぎは、醍醐天皇の神経をすり減らし、御体にさわった。ついに、意を決して位を退いた。が、病は日に日につのるばかり。このうえは出家を、というので、29日夜、近臣たちの勧めで、落飾した。

紙燭(しそく)の明かりを頼りに、剃刀が帝の頂に当てられた。脇息に寄りかかりながらも、帝の胸中を去来するものは、道真の亡霊であった。

傍らでは、墨染の法服を着た戎師(かいし)の尊意の読誦(どくしょう)の声が、静寂の浄闇(じょうあん)の中をこだまする。

日蔵上人(にちぞうしょうにん)、六道(ろくどう)をめぐる

大和の金峯山(きんぶせん)の日蔵上人(浄蔵大徳の弟)は、承平4(934)年4月16日より笙(しょう)の岩屋に籠もり、塩や食を断って行を始めた。8月1日午刻(正午)のころ、鈴杵(れいしょ)を握りながら絶命した。

やがて13日目に生き返った。が、この間、金剛蔵王の力によって、天満大自在天神の御在所たると都率(とそつ)の内院・外院それに閻魔王宮や地獄を見て回った、という。地獄の苦しみさまは、まさに経典に説くとおりであった。

天満天神は、日蔵に向かっていう。「われ怨みをもって日本国を滅ぼさんとしたが、いまは、仏法を敬うがゆえに思いとどまった。が、わが眷属16万8千の悪神のいたす損害は、みずからとどめることはできない」と。

日蔵はいう。「日本国では、火雷天神(からいてんじん)と称して、人々が仏と同じように尊んでいる。なんの怨みがありますのか」と。

すると天神は、「わが形像(けいぞう)を造って、名号を唱えれば、かならず感応を垂れるであろう」という。

日蔵は蔵王の神通力に乗り、閻魔王の使いを供として、諸大地獄を見て回った。中の鉄窟苦所(てつくつくしょ)には、4人の罪人がいる。体は墨のように真っ黒である。肩に衣をつけている1人が醍醐天皇。ほかの3人は裸で、帝の臣下である。

その時、醍醐天皇が、日蔵上人を手招きして、みずからの罪を懺悔した。

「われ、生前在位の時に5つの罪を重ねた
り。1つには、父法皇を険路に歩ませたり。2つには、みずから高殿に座し、父を下座にすえたり。3つんは、罪もない賢臣(けんしん)を配流したり」と。sらに「4つには、長く皇位につき、仏法を滅ぼしたり。5つには、わが身の怨敵(おんてき)のため衆生(しゅうじょう)を損害したり。このゆえに、いまこの苦しみを受けたり。なんじ娑婆に帰って、この苦しみを救うよう、わが皇子に告げてくれよ」と。

2016菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻三後半・千寿の楽しい歴史_a0137997_10493140.jpg



場面  六十~六十二

険しい岩山の中に、大きな岩屋がある。岩壁に不動明王の画像を掛け、上敷きを敷き、前机を立てている。机上には金銅の仏具が並ぶ。日蔵は、絶食して一心不乱に行(ぎょう)を行う。8月1日正午ごろ、眠るように息絶えた。

ここも(異時同図)の法。13日間を経過している、絶命した日蔵上人のもとに、雲に乗った閻魔王の使者が現れた。「片時も早う、この雲にお乗り召されよ。これより都率の内外院、閻魔王宮・地獄などを案内いたさん」という。

とたんに、雲はふわりと金峯山に舞い上がった。合掌する日蔵の後ろの青鬼が、閻魔王宮の使者として後ろに控えている。雲はみるみるうちに、天上界に消えていった。

2016菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻三後半・千寿の楽しい歴史_a0137997_10504554.jpg



場面  六十三~六十五

ここは、地獄の中の鉄窟苦所。日蔵がのぞくと、中に4人の罪人が嗚咽していた。体は、黒く焼けただれて墨のようである。使者の青鬼がいう。「前の1人は、日本国の醍醐天皇、後ろなる3人は、かの臣下なり」と。

業火の紅蓮の炎を上げて、燃え盛っている。日蔵の後ろに金剛杖を持って控えるのは、閻魔王宮の役人の1人であろう。

日蔵、地獄のさまを奏上する

六道めぐりから13日目によみがえった日蔵は、地獄で見た一部始終を、朱雀天皇に奏上した。

帝は、亡父・帝のために種々の善根を営み、菩提をとぶらった。まことに因果の恐ろしさを知った。

また、金剛蔵王が日蔵に仰せられたことに、「たとえ、十善(前世に十戒を保った功徳により、現世に王位を受ける)の王位を受ける身といえども、業報は逃れたいもの。およそ日本国中の災害は、天神の眷属のたたりの成せるわざ。善政の国をことに守るべしと。

場面  六十六

清涼殿の庇の間に参内した日蔵上人の話を、簾の中で聞く朱雀天皇を表す。簾を深く閉じ込めて、帝の姿はかまえて描かない。

続きます。









みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

みやま市観光協会公式WEB

梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

梅野家歴史2(傘寿を迎えて・梅野茂芳著者)・千寿の楽しい歴史   白蓮さんの写真が載っています。

青輝園   御座敷梅ユリ展

季楽 廬山(ろざん)

私の目標   皆さんに感謝します。

by kusennjyu | 2016-12-15 10:51 | 歴史学習会
|Topに戻る