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千寿の楽しい歴史
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2017幸若舞 夜討曽我(上)・千寿の楽しい歴史
幸若舞 夜討曽我(上)

鼓方:松尾正巳 太夫:堤日出夫 シテ:松尾義文 ワキ:松尾裕二

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「コトバ」去程に頼朝、信濃の国御原野の御かりすぎ、それよりもして、合沢の原の猪とりがり三日すぎ、駿河のふじの裾のに、御出でとこそ聞へける。御諚の其日の御装束、青かりきぬに立烏帽子召し、尾花足毛の一物に、白鞍をかせ召れる。御馬ぞへには五郎丸、赤池のにしきの直垂を、下し給はりてこれをきる。八十五人が力なり、もえぎの腹まきをきごみにき、君を守護し奉る。秩父殿の居装束、鷹すへて御供也、千葉小山宇津の宮、いづれもかり場の出立にて、鷹すへて御供也、惣じて鷹は五十本、犬は八十四匹、犬のすず鷹のすず。

「イ ロ」くつはの音がざざめひて、上下六万六千余騎が、さしもに広き富士の裾野に、駒の立どはなし、抑々の富士山と申は、人皇七代の帝、孝霊天皇の御代の時、三月十五日の、一夜が内に、こんりん山より、ゆうしゅつしたる山ん也、あゝらをもしろの名山や、南は田子の浦浪也、焼ぬしうやのけむり立、西は海上、万々として、きはもなし。

「フ シ」されば四方山を、下に駿河の、富士なれば、雲より上の、八よはみな、きんぎんの、いさごにて、なまぐにつもる白ゆきの、所々は村ぎえて、みねには、けむりたへまなし、麓にかすみ棚引て、山のん帯かとうたがわる。山は八ようを九ぞんにて、りやうがいをひょうせり、峰にはくじやく明王の、すみ給へる池あり、麓にせんげん大菩薩の、いらかをならべてたち給うを、生々けんごの礼いちとして、りやうがいをきんだんし、猟師の入らぬ、山なれば、かせぎのかずは、おうかりけり。

「ツ メ」三千余人のせこの者、三日かけていぜんより、峰へわけのぼり、ぜん領をまっくだりに、岩を起し古木をたたき、おめきさけんで狩下す、おゝくのかせぎけだ物、すそ野
をさしてぞおちにける。猪が射手に打まぜて、かけみだしてぞ入くんだる、すは早射てこそ取たりける、弓ですがい馬手ぎれ、すごうゆみおくりや、手さきまかせぬむかい猪、表五寸の木上を、中にてかえしはせもどり、ががたる山のそわづたへ、此処を千どゝ見えたりける。今日三日のまきがりに、かせぎの数をとどむる事は、三千七百四頭なり、天竺しだんなそわしらず、秋津嶋が其内にも、か程の見世物にあらじと、諸人教をもよしけるは、ことわりとこそ聞けれ。

「コトバ」此度富士の牧がりに、東八ケ国の大名小名、あるいは鹿の四頭五頭とどめ、御所領たまはり、皆地所入と聞うる。

「イ ロ」あゝらいたわしや、曽我兄弟の人々は、猪に心のいらざれば、かの子の一つもとどめずに。

「コトバ」いかにもして敵祐経に、めぐり合でと、たくみけるに、此処に弓手のそは、かしわ木ばらの中を中を見るに、射てのあまたある中に、四十斗りなる男の、兵文の直垂に、夏毛のむかばきふんごうだるが、三つ有獅子に目をかけ、かりまたつがつて追かくる。時宗たそと見るに、あわ祐経とおもい、気もそぞろぎ身ぶるいて、うどんげも、懐中へひらけけるかとうれしくて、獅子矢をばそろりと捨て、たのみし中ざしぬき出し、弓をふせて打つがい、矢壺おうしと申せ共、我らが父の河津殿は、奥野の狩場のかえりあしにて、鞍の前わのhづれ、むかばきの引合を、射られ給うと聞ものを、むくいの矢なれば祐経をも、おなじ矢壺にいて落す、河津が矢目にたがはじと、諸人に見せ、十八年のちそくは、おなじからざれ共、

「カカリ」狩ばと矢目はたがわずや。

「コトバ」打ばひびく、たたけばなる。

「ウチカケ」おもいはよそになかりけり。身のせしとがのむくいぞと、しらせばやとおもいて、早あらわれていでけるが、

「フ シ」まてしばし我心、五郎一人無ねんのはれ、十郎殿をむなしくせば、今生のうらみ、のみならず、こうせんまでもはれがたし。ぶもきょうようのん矢なれば、兄弟して一と矢づつ、弔うにぞと思いて、あたりを見ければ幸に、いいを一つへ立て、十郎殿よそめしてこそおわします。

「ツ メ」五郎あまりの嬉しさに、鹿こそとうれ十郎殿は、御らんじられてそうか、鹿ぞと云に心え、東西をきっと見るに、おゝへ立たる敵なれば、見づけんも一つどうり、五郎あまりにたえかねて、夏山や、しげんみの鹿は射にくそう。そのおにあがけて、せこに合てゆきがたを、とはせ給うと申時、扨はそのうおのあなたへ、敵のあると心へ、そわをのぼりに駒かけあげて、向の原をきつと見るに、げにも祐経此処にありねしかもあたりに人はなし、天のおしえ仏じんの、あたへ給うとうれしくて、十郎は兄なれば、一の矢おばなに者か、さまたぐべきと思いて、うつぼのそこの、ひぞうのとめ矢を取て、からと打つがい、矢先をさざへはづかえし、定の矢をと心得敵の、矢壺ばかりに目をかけ、馬の足は見ざりに、心ははやれども、人に色をさとられじと、こがけにすすみあゆませ行に、乗たる馬は国元よりも、こわまれなり乗しげし、よわき馬に、つよくたづなを乗程に、ヒヤとあるふしぎに胸をつき、屏風をかへす如くにはや、まつ坂さまにどうどう落、五郎あまりのかなしさに、いそぎ駒より飛んでおり、祐成をとつて引ったて申し、馬起こあんとひしめくまに、祐経名馬に乗たれば、谷峰へだてゝ落のびぬ、行方知らねばいづこをさしぞ、たづねて行べきかたもなし。

「フ シ」兄弟の人々、宝の山に入りながら、無なしくかえるふぜいに、討たでやみぬる兄弟、心ざしこそ、むねんなり。


続きます。





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by kusennjyu | 2017-01-26 20:46 | みやま市の文化財
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