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千寿の楽しい歴史
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2009ふるさと歴史探訪(鷹尾城跡2)千寿の楽しい歴史
鷹尾城跡(2)  柳川市大和町

平成21年10月3日の2回目は、10月2日の続きです。同じように掲示します。

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文章・半田隆夫

天正元(1573)年以降、西北九州における大友氏の勢力が後退すると、鷹尾城主 田尻鑑種(あきたね、親種の嫡子)は、佐嘉の龍造寺氏に接近しました。そして、天正9(1581)年、龍造寺隆信の命令により柳川城・塩塚城・佐留守垣城を攻め、蒲池氏の一族残党を滅ぼしました。
 
しかし、翌10年、鑑種は、龍造寺氏に背いて鷹尾城に立て籠もり、薩摩の島津氏に援軍を頼んで戦いましたが敗れ、同12(1584)年2月、肥前佐嘉郡巨勢(こせ)、伊万里市に移されました。
 
天正15(1587)年、豊臣秀吉の九州平定後、立花宗茂が柳川城に入り、家臣立花三左衛門尉を鷹尾城番にしました。

関ケ原の戦い後、筑後藩主田中吉政の家臣宮川才兵衛が鷹尾城番として6千石を領有しましたが、元和元(1615)年の「1国1城令」で鷹尾城は廃城になりました。(福岡女学院大学講師)

伊万里市に親種寺(しんしゅじ)があります。紹介します。

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田尻家の菩提寺で、親種(ちかたね)の子 田尻丹後守 鑑種(あきたね)によって、元亀 元(1570)年6月23日 親種が筑後田尻村の鷹尾城で病没したので城中に親種寺を建立したのが始まりとされている。

その後 天正17(1589)年筑後 鷹尾城から鑑種によって現在の地 大久保 に移され、郷土の逸材、名僧不鉄柱文和尚を開山に請い、田尻家の菩提寺としその一族と共に 檀信徒の寺として今日に至る。

本堂の裏山には田尻家歴代当主の墓石を始めその一族の五輪塔や、歴代和尚の無縫塔など整然と建立されている。
親種の墓碑は自然石で中央に建てられ「玉雲院殿前伯列太守大倫竜喜大居士」の16文字の戒名が刻まれている。

18代当主田尻泰浩さんの松浦一酒造を紹介します。
私は、まだ行ったことがありません。今年の9月に「蔵を守る河童のミイラ」を教えてもらいました。

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昭和28年、田尻さんの先々代にあたる16代目の時、母屋の屋根替えの際に、大工の棟梁(とうりょう)が梁(はり)の上に紐(ひも)でくくりつけられていた黒い木箱を見つけた。「河伯(かはく)」の文字。
中には見たこともない奇妙な形をした物体が横たわっていた。

それがミイラである。(下の写真)

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「酒造りには良い水がは欠かせません、酒蔵は水神を大切にします。「河伯」が河童という意味だと聞いた先々代は、これこそ祖先から言い伝えの‘珍しいもの’に違いない、この蔵を守ってくださる水神様だ、と酒蔵の奥に神棚を設(しつら)えて祀(まつ)ることにしたそうです」(田尻さん)

全国から訪れる参拝客

この蔵元では子宝に恵まれない期間が長くあり、11代から16代までは養子を迎えることで老舗(しにせ)を守ってきた。

しかし、ミイラを祀った16代目はなんと5人の女性を授かったが、17代目も養子を迎えた。
この17代目についに双子の男子が生まれ、今の18代目の田尻さんだ。
18代目を継いだ田尻さんには男子と女子を授かる。双子の父親となる。

この神威(しんい)が評判となり、「河伯のミイラ」には全国から大勢の参拝客が訪れる。
今でも蔵には「おかげで子宝に恵まれた」という礼状が届くという。

河童のミイラが祭られていることで知られている造り酒屋で酒蔵見学ができます。伊万里市街か
ら平戸方面へ向かう204号線沿いにあり、広い駐車場(無料)も用意されているので立寄りにも
お勧めです。事前に予約しておくと蔵の案内もしていただけるそうです。

松浦一酒造ホームページ
http://www.matsuuraichi.com/index.html


筑後・田尻村の豪族で、「河伯」の箱を伊万里に移り、酒蔵を始める際に持ち込まれたのだろう。

田尻村には河童伝承が伝わる飯江(はえ千寿)川が流れています。そこにいた河童なのかもしれない。

                    
by kusennjyu | 2009-10-03 12:20 | 田尻氏の郷の散策
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