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千寿の楽しい歴史
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飯江川(4・みやま市高田町亀尻)千寿の楽しい歴史
飯江川 4・亀尻

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川久保橋は北川橋の上流で飯江川(真弓川)に架かる橋で、亀尻から車1台が通り国道443号線に出ます。

堺 勝 文書より

北川の合流点 
山川町真弓から流れ下る真弓川と、高田町亀尻の奥から流れ下る亀尻川が合流するところを北川(キタゴ)といいます。ここから飯江川本流になります。合流点の真弓川側に架かるを北川橋(キタゴハシ)といい、亀尻から山川町物見塚に至る町道の橋です。むかしは木の橋の上に土を置いた土橋でしたが、昭和初期にコンクリ-ト橋に改修され、平成4年河川災害復旧助成工事により現在の橋になりました。
 
北川橋とその下流にあった旧大竹堰との間は広々として、夏は満々と水を湛えた水面は、子供達の水浴びで歓声が上がっていました。昭和50年代県営圃場整備事業が行われ大竹堰が廃止され、平成4年の堤防コンクリ-ト護岸となり、水量は激減し、川面は草茫々となり、かっての面影はなくなりました。

北川橋上流の真弓川が飯江川です。
母が亀谷の平だったので旧大竹堰で泳いだことがあります。左岸は広々として少し深みになっていました。 千寿文書挿入
 

亀尻川の地すべり
 北川橋より亀尻側すこし上流に亀尻橋があります。町道舞鶴~亀谷線に架かる橋で、むかしはテスリのない木橋でしたが昭和初期に、テスリのないコンクリ-ト橋に改修され、平成4年北川橋と同時に現在の橋となりました。
 この橋50米程上手に砂防ダムが設けられていましたが、平成3年の豪雨の時左岸上の山が崩れ、亀尻川をせき止め、右岸の住宅地は水びたしとなり、人々は突然の水害になす術もありませんでした。 
 上流域には堤防決壊もあり、その教訓に上流一帯は災害危険地域に指定されて、堤防のコンクリ-ト張りその他防災工事が施行され、その後の圃場整備事業とあいまって災害防止に貢献しました。

 しかし、一方、川の水が岸辺の草を洗い、小魚が群れていたせせらぎの風影はなくなりました。
亀尻川の上流に、この一帯で最もおそくまで操業していた水車場がありました。高田町誌に次のような記事があります。(昭和32年春)

山ん神(ヤマンカミ)の水車
 水車といえば今では昔を忍ぶ一つの風物詩となってしまった。かっては精米・製粉の大役を一手に引き受けた水車が、時代の波に洗われて一軒一軒ほろびていく。
 本村でわずかに残る亀尻の山下水車場を訪ねて名残りを惜しむことにした。山下さんの話によると、この水車は幾代続いたか不明であるが、ただ昔から山ん神の水ぐるまと呼ばれていた。

 以前この川筋に20数件の水車場があったが、世の中が進むにつれて電力による精米・製粉場が出来て、水車場は廃業し今ではここの水車一つになった。
 山下水車場は百臼が6個一列に並んで床に埋めてあり、それに杵が一本づつ取り付けてある。水車は直径14尺、心棒から放射状に36本の「ヒヤシ」がついて、「はけ板」が取り付けてあけてある。「はけ板」に水が落ちる力で心棒が回転し、歯車によって杵が上下する仕組みである。

 米一俵「60瓩)の精米に20時間あまりかかるという。現在は自家用の精米・製粉で主として線香原料の製粉に使つている。環境も静かだが、水車はのどかな春陽を浴びて、呑気そうにゴットン、ゴットンと回り続けていた。
by kusennjyu | 2009-11-05 13:15 | 飯江川
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